去年分の記事の執筆時には、多少なりとも自分の読書習慣を当ブログの読者に紹介しようという気持ちがあったのだが――果たして、紹介されたい人がいたのかは甚だ疑問であるものの――、今はまったくそうした気持ちがない。なので、これはほとんど自分用の記録であって、書きたいように書く。インターネットで公開する意味があるのか、とも思うが、私の考えていることなど常にSNSに垂れ流しているようなものなので、いまさらな問いであろう。本稿の内容というのは、要するにSNSの文字数制限に収まりきらなかった、いつも通りの思考の垂れ流しに過ぎない。
ニーチェ関連
ゆったりとではあるが、ニーチェの著作は常に何かしら読んでいる。
一番手こずっているのはもちろん『ツァラトゥストラ』である。そもそも大作だし。ようやく第二部まで読み終えた。基本的に何を言っているのか字面からはさっぱりわからないのだが、感覚でこういうことを言っているのではないかと感じ続けるという謎の体験をすることになる。私がそうだからと言って、第三者もそうだとは限らないのだが、私が最初に読み始めたニーチェの原著がこれだったので、何度かは「ニーチェの何を読めばいい?」と聞かれて『ツァラトゥストラ』(特に手塚訳)と答えてしまった。しかし、この本を最初に読むべしとするのは、明らかに万人向けではない。実際、後述の永井均の本の結語において、『ツァラトゥストラ』から読み始めて挫折する人が多い、と名指しされている。また読むにしても、せめて第三部から読み始めた方がよい、とある。私は愚直に第一部から読み始めたので、道理で大変だったわけである。ともかく、『ツァラトゥストラ』は亀の進みでしか読めないので、一旦第二部を終えたところで当面はお休みすることにして、ニーチェの別の著作から先に読むことにした。
ところで、訳文の格調高さの面で私は手塚訳を好んでいるし、今でもどちらかを選ぶならそう人にも勧めるが、丘沢訳の口語的な調子にも、そのように訳したことの背景には「単に読みやすい/親しみやすいから」という以上の理由があることが、上巻の訳者あとがきに記されているのに気付いた。話は逸れるが、最近私は、ネタバレを避けたい小説を除いては、文庫や新書の巻末にあることの多い「訳者あとがき」や「解説」を先に読むようになったのだが、この習慣が案外気に入っている。特に訳書に関しては、訳者の感性が一致していないと原文が台無しになっている(と感じられる)場合があるので、この相性の確認は重要だと思われる。この点、丘沢静也のあとがきには頷ける点がある。かいつまんで言えば、『ツァラトゥストラ』という作品は、あるいはそれが伝えようとする思想は、典型的な哲学書のように「かしこまって読む」類のものではないのだから、むしろ身体性を大切にして、気軽な調子で訳した方がいいのではないか、との考えが下敷きにあるようである。だからこの軽快な『ツァラトゥストラ』を「書斎ではなく、できれば台所やベランダで、トイレやベッドで読んでもらいたい」のだという。そうした「伝統的な哲学書観」から自由であってよいというのは、まさに本書が言わんとしようとしていることに含まれるのは確かに思われる。そのやり方が、訳文を口語的に軽快にするであるとか、読む場所をどうにかするであるとかいった生ぬるい方法でよいかはわからないが、そういう解釈があるということにはひとつ納得させられた。
論文は書かないと言っていたニーチェが論文形式で書いた著作。昨年途中まで読んでいたので、昨年の記事でも紹介している。正直に告白すれば、第三論文の途中まで読んだところで他のことに関心が移ろって、ずいぶん日が経ってから最後まで通読したので、やや内容の記憶が散漫になってしまったところがある。
本書の序文ではニーチェ本人が「この本を理解するのは難しい」というようなことを書いている――彼の他の著作をすでに読み、読んだだけでなく反芻し、解釈の努力をしたことがあることを前提としている、とある――が、主張が明確に述べられており、少なくとも『ツァラトゥストラ』よりは遥かに読みやすいし、完全に理解したとは言わないまでも、その大まかな主張についてはすんなりと受け取れるものであったように思う。特に第一、第二論文で主題となる刑罰や債務(あるいは社会の秩序そのもの)が発明された経緯・構造に、一貫して人間の獰猛な本性とそれを家畜として飼いならすための価値の転倒、そこからくるルサンチマンがあるという指摘は、私にはまったく腑に落ちる。また第三論文は、その前の二編に比べれば難解に思えたが、世界に蔓延る種々の禁欲主義が、生きることによる一切の苦悩に「意味」を提供するための装置であることを暴くもので、これも数多くの事例を通して明瞭な議論が展開されているように見えた。ニーチェの意図する主要な対象はやはりキリスト教なのだろうが、学問や芸術もそのような装置(あるいはそれを補助するもの)として明確に論じられている点は印象的だった。こうした論点は、後述の岡本太郎やウェーバーの著作にも現れるが、ニーチェ本人がすでに鋭く指摘していたのには少々驚かされる。
序文におけるニーチェの主張とは裏腹に、私がこの著作を比較的理解しやすいと思った理由はいくつか考えられる。ひとつは、こうした類の議論に人類史において初めて触れた当時の人たちにとって難解という意味であって、ニーチェの思想が広範な思想や言説に影響を与えた後の世界に生きる私にとってはそれほど非自明でなかった可能性。あるいは私がキリスト教(あるいはいかなる宗教)の信者でないからかもしれない。そしてもちろんもうひとつは、私が一定理解したと認識していること自体が、まったくの思い違いである可能性である。いずれにしても、この本はいずれ再読するであろう。
昨年の記事でも嘆いたことだが、ニーチェに関する、ニーチェ以外の著者による書物――特に日本語のものなのかもしれないが――は読んでも仕方のないものが多い1。しかし本書は、後述の平尾さんに勧められて手に取ったのだが、数少ない例外であった。その理由は、本書の序文の冒頭部からすでに明白である。
私は、これまでニーチェについて書かれた多くの書物に不満がある。それらはたいてい、ニーチェという人物とその思想を、何らかの意味で世の中にとって意味のあるものとして、世の中の役に立つものとして、描き出している。私には、そのことがニーチェの進化を骨抜きにしているように思える。ニーチェは世の中の、とりわけそれをよくするための、役に立たない。どんな意味でも役に立たない。
私は昨年分の記事で、特に西研氏のニーチェ解説書を激しく非難したが、それがまさにニーチェの思想を世に役立つものにしようとして、その結果ニーチェ思想の真価を徹底的に破壊してしまっている悪い例である。私の考えでは、永井氏が上の序文で指摘するように、およそニーチェの思想など社会の訳には立たないし、そもそも大衆の大多数に本当には理解可能でもなければ、受け入れられるはずもないものである。仮にそのような社会があるとしたら、その社会はむしろすでに破綻しているに相違ない。
一方、もちろんこの永井氏の著作も、私が完全に満足したわけではない。私が思うに、ニーチェ的なものの捉え方/考え方というのは、なにか論理的に説明されて腑に落ちるようなものでは決してない。それは、少なくとも一度は、自ずから「体験する」ことでしか理解も受容もできないもののはずである。したがって、ニーチェの解説書などという概念や試み自体が、はじめからナンセンスである。それは本書とて例外ではない。それでも本書は、ニーチェ以外の著したニーチェに関する書籍としては、私が触れたもののなかでは最もマシなものであった。少なくともニーチェ著作の読書案内として、その解釈の仕方の一例として大いに参考になるものではあった。正直に言えば、本書でいうニーチェの第二・第三空間の関わりなどについては、おそらくまだ私の理解(あるいは「体験」)が追いついていない。私はニーチェが外的に与えられる評価のすべてを否定したこと、別の言い方をすれば一切の権威を徹底的に解体したところまではおそらく認識できているが、その解体ののちに何が創られたのか、創ろうとしたのか、あるいはそもそもそういったことが可能であるかどうかすらわかっていない。本書の説明のうち、私がまだよくわかっていないのは、およそこうした問題に係わる部分なのではないかと思う。もう少しニーチェ自身の著作を読み進め、さらに私自身の人生が進んだところで、本書もまた再訪したいと考えている。
ところで、永井氏は序文をはじめ本書のさまざまな箇所で、ニーチェを信奉するニーチェ信者たちを告発し、批判している。私はこれは当然のことであろうと思う。若干繰り返しになるが、ニーチェの思想というのはいわば「一切の外的な評価や権威を拒否する態度。その代わりに自らが自らに対する唯一かつ最終的な価値判断者であれ」という類のものである。当然、ニーチェ自身の思想すらもニーチェ以外の全人類にとっては「外的な評価・権威」にほかならない。それに対して信仰する、ひれ伏すなどという態度は、まったくもってニーチェ的でない。そういうことをする人物は、およそニーチェの思想を理解していないと言っても差し支えなかろう。それゆえに私自身は「私はニーチェに影響されたのではなく、読んでいて、自分がかねてより独立に抱いていた思想がそこに精確に言語化されているのに気付いた」と言っているのである――そして、これは脚色でもなんでもなく、私にとっての厳然たる事実なのである2。
その他の哲学
寡聞にして芸術家の岡本太郎にまとまった著作があること自体承知していなかったのだが、旧い友人のgfnさんに勧められてこの本を入手した。端的に言って、とてもよかった。私の解釈では、岡本太郎の主張はかなりニーチェ的である。彼の著述の射程は芸術という具体的分野に絞られてはいるが、私は芸術論に限らず、一般の実存の問題、あるいは研究に対しても十分応用可能な入口として適した素材になるように思われる。むしろ対象が芸術と具体的であること、現在に至っても日本とその文化が根本的に抱える権威主義的/封建的/前例主義的態度を前提として書かれていることから、多くの日本人にとってはとっつきやすい本であろうと思われる。
自分が好きだから、とか、ほしいから、とかいうのではなく、世間体と見栄だけで環境をつくる。生活自体が、おのれ自身の生きた現実を土台にしていないのです。この惰性的な、実質をぬいた約束ごと、符丁だけで安心している雰囲気は封建日本の絶対的な形式主義です。それが、どれほど生活を貧しくしてしまっているかわかりません。[岡本太郎『今日の芸術』 第2章]
ニーチェの著作は癖が強く、抽象的で難解で敷居が高いものと言わざるを得ないが、その精神の一端は岡本太郎の芸術論から感じ取ることができるのではないだろうか。本書を読んで以来、私は人から「いったいどうしてあなたはそのような考え方に行き着き、あるいは維持することができるのか」という趣旨のことを問われると――実際そういう場面は、昨今私にはしばしば訪れるのだ――ニーチェの著作の代わりに本書を紹介するようになった。もっとも、そもそも幸いにして日本文化を深く内在化させていなそうな、あるいは少なくともそう見える人物には、相変わらず容赦なく『ツァラトゥストラ』を薦めるのだが。
なお、この本を紹介してくれたgfnさんが岡本太郎について語った記事もあるので、興味があればぜひ読んでみて欲しい。
ひょんなことから本書の著者の平尾さんと知り合うことになった。初めてお会いするということになり、平尾さんの著作のなかでも特に目を引いた――というより、最初はむしろこの著書があったので興味を持ったという順序が正確だが――この本を手に取った。いまや著者が知人となってしまったので、やや率直な感想を書きにくい心理もあるが、この前提を明示したうえで、あえて書き進めよう。
この本が書かれた経緯というのは、その「まえがき」に書かれているが、大変面白いし、私としてはとても共感できる。すなわち、論文を「である体」ではなく「です・ます体」で書いたら査読で文句を言われて修正を迫られたので、それに腹が立って、このテーマで一冊を書き上げてしまったというのである。気持ちはわかるが、どう考えてもやりすぎで笑ってしまう。本書全体を通して、注やコラムの充実っぷり、議論の緻密さ、書き方の自由さ、どれをとってもねばっこいというかこだわりが感じられ、それがとても楽しい本である。
本書の哲学的な洞察、あるいは結論のようなものは、直感的には私もぼんやりとはそう思っていた範囲のものであって、特別に目新しいわけでも、今後の人生や執筆活動を一変させるような強力な効用があるわけでもない。すなわち、大まかにいえば、「である体」で書かれた文章というのは二人称が背景に退いており、対して「です・ます体」で書かれた文章では三人称がそうなっている、というような具合である3。そして特に論文の場合は、自然科学の作法として、徹底的に著者や読者の個人的性質や人格を消し去らなければならないので、「です・ます体」を用いることで本来科学的記述に登場するはずのない二人称の存在が、突如として立ち上がるのを阻止する必要があると考えられているのではないか。そして、それがたとえば査読者の言語化に窮する、えも言われぬ不安という形で表れるのではないか。およそそんなことが、本書で提出された仮説のはずである。
この結論自体は、私は非常に頷けるもののように思われる。現に、私は二人称的存在、つまり読者に直接「語りかける」態度を取りたいかどうかで文体を使い分けてきた。当ブログにおいても、シリーズの途中で文体を変えてしまったことは何度かある――というか、本稿がまさにそれだ! また私自身に関していえば、実際に(日本語で書くことは稀だが)論文を書くにあたり、ときとしてできることなら「です・ます体」で書きたいと考慮した経験はあるのである。それはまさに、私が行うような研究では、論文科学的な対象(三人称)のドライな記述だけでは不十分で、ほかの研究者あるいは分野が総体として見落としてきた、もしくはあえて見ようとしてこなかった問題に対して、呼びかけるように注意を促したいと思ったときなのである4。これは本書で指摘されているように、まさしく査読者が不安を感じて然るべき意図をまさに私が持っているときにほかならないように思われる。
いずれにしても、洞察や結論が私にとってある程度既知のように感じられるとしても、それを適切に表現できること、精緻に体系化できることはまったく別の問題である。私が何もないところから、平尾さんのしたようにこのテーマで一冊の本を書けたとはまったく思わない。私はこの本を読み、このような具体的で詳細な論考を、どのように精密に体系化し、記述することができるのか、というその技術面に感銘を受けた。本書はそのような思考を紡ぐ営為の、具体的なお手本のように私には感じられ、とても勉強になった。
続けて、こちらも平尾さんのご著書。本人にお会いした際、私が人間関係(特に親密関係)に苦慮しているという話をしたところご紹介いただいた。テーマは多くの人にとっての重大な関心事だろうが、軽快に、よくも悪くもあっさり書かれており、すっきり読み切ることができる。
私に体系的知識が不足しているだけの可能性もあるが、本書の「タテとヨコ」「共同性と相補性」という二軸で人間関係を整理する仕方は私にとっては新鮮であった。そして、殊に親密な関係というのは、通常の人間関係とは異なり相補性が重要である、という主張も私にとっては目新しいものであったにもかかわらず、少なくとも私の状況にはよく当てはまるように思われた。私の中高時代からの友人で、いまも交友関係が安定して続いている相手というのは実はたった一人しかいない。要するに、私は彼のことを親友だと思っている――相手がどう思っているかは知らない。確認したこともないし、そもそも私はどう思われているかに関心がない――けれども、確かに彼は驚くほどに私とは正反対の性格をしている。
当ブログの読者であれば、まず疑いを抱くこともないであろうが、私はやや苛烈で自己主張の強い性格を有っている。昔から、制度や組織、慣習や伝統であれ、それが私にとって有害なものであったり、構造からして不合理に感ずられるものであったりすれば、その点を明確に指摘せずにはいられない。当然、和を以て貴しと為す、などという未開の畜群道徳としか言いようのないものが未だに有難がられる日本国にあっては、私はしばしば「角を立てる」人間として除け者にさえされる。対してその親友は、およそどのような不合理も(内心には不満を抱えているのかもしれないが)穏やかに受け入れて、うまいこと適合してしまう。平たくいえば、おっとりした性格と言ってもよい。しかしその横で私がいつも何かに対して指弾の弁を叫んでいたとしても、彼は軽く受け流しつつ、そんな私を決して遠ざけることはなかったのであった。その親友を除くほとんどの友人は「私と似ているから」「合理的にお互いに利益があるから」関係を維持しているような気がするが、その親友は類稀な例外なのである。
そう思うと、平尾さんの指摘は実に鋭いものに思われる。また、これについては幾ばくかの実益があったようにも思われる。すなわち私は、これまで特に親密な関係の相手を考えるにあたって、「しかしその人は私とかくかくしかじかで異なる」と踏み込むのを躊躇いがちであった。親密関係の要は相補性との論を採用する限り、このような葛藤は無用のものであったかもしれない。一方で、これは両刃の剣にも思われる。この傾向を推し進め過ぎれば、今度は親密になろうとした相手に自分との共通性を多く見出した場合に逆の葛藤を催しかねない。もとより人間関係というのは、かように綺麗に整理・記述できるものではないようにも思われる。私は不勉強にして、平尾さんが本書で述べる人間関係の整理方法が、何らかの確立した理論に基づくものなのか、それとも新たな自説として提案されたものなのかわかっていない。いずれにしても、私の実体験に基づく検証は今後も続くのであろう。
マックス・ウェーバーといえば『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(通称:プロ倫)が有名で、私もこれを読もうと積んでいるが、なかなか骨の折れそうな大作である。それに対して、ちょうど最近私が大学の職に就いたこともあってタイムリーだと、比べたら遥かに手軽な本書を先に読むことにした。本書はウェーバーが1917年にミュンヘンで大学生向けに行った講演が元となった小品で、上の文庫版邦訳で言えば本編は60ページ強にすぎない。文体は堅く、やや複雑な議論もあるが、長く見積もっても2時間もあれば読み切れる。第一次世界大戦前後のドイツという背景があるため、現代日本に生きる人間にとってはやや前提がずれる部分もあるが、研究職にある、もしくは研究職を目指そうという者ならば、現代でも読む価値があると感じる本であった。その主要な主張を一言でまとめるならば、「学問に究極的な『意味』や『価値』などの神聖な幻想を抱くのをやめろ」という処だろうか。ウェーバーもなかなか物言いが峻烈なところがある。学部生の頃、私の友人で「宇宙論を紐解くのは、それを明らかにすることで神の書物の1ページを読みたいからだ」と語る者があったが、こうした手合いは本書では「自然科学者のなかに往々いる大きな子供」として一蹴されることになろう。
さて、ウェーバーの論に対する私の所感はといえば、彼の指摘する事実や観察に対してはほぼすべてに同意をするが、それを受けての対処の方向には部分的にしか同意できない。具体的にはまず、ウェーバーが価値ある学問的達成には情熱だけでは不十分で、決して意のままにはならない「霊感」が必要だとする議論には大いに同意できる。この点は以前の記事『好奇心に溺れよ』で指摘した通りである。残念ながら現代のアカデミアには、少なくとも私の身を置く分野では、このことを理解せずただの作業を研究と履き違えている者がかなり多いように思えてならない。次に、人生の意義やある学問の前提の正しさや価値は学問自体が与えてくれるものではないという現実の上で、教壇に立つ教師は内部無矛盾に理論を構築する方法や態度を教えることに徹するべき(意味や価値を与える予言者や煽動者であってはならない)という主張。これもまったくその通りだと思う。本邦で私の周囲を見渡せば、もはや自分が意味や価値を押し付けていることにすら無自覚に、平然とそれを為す「指導者」が多くいるが、これはまったく嘆かわしいことである。これらの点について、ウェーバーの主張は的を射たものに思われる。
一方、やや期待外れであったのは、これらの妥当な指摘を踏まえた提案部分である。ウェーバーは近代の社会と、無論それから切り離せぬ学問において、組織化や機械化を避けがたい宿命として受け入れているきらいがある。彼は、学問に過剰な期待を抱くのをやめた上で、最終的には「日々の要求」に戻れと説く。私は、私のいう狭い意味での研究――すなわち既存の学問の前提や悪魔を不信任とし、方法論(学問の方法や主知主義的態度)は踏襲しつつも自らの前提と悪魔(つまり、新しい学問領域)を打ち立てる営為――は既存の制度や組織のなかで再現可能に実行可能なものとは考えていない。そのような態度は必然的に堕落と安逸と固陋を招かざるを得ない。この一点において、ウェーバーの主張に私はある種の消化不良をおぼえた。しかし、本書が多くの学生に向けて行われた講演であることを鑑みれば、再現可能な職業としての学問を語らざるを得なかったのは、当然のことなのかもしれない。私の期待が過大であったというべきであろう。クーンの枠組みでいうところ、私はあまりに「革命」の部分のみを重視し、蓄積的進歩を軽んずる傾向があるが、本書は後者についての妥当な態度を示しているものと解釈しておくことにしよう。
小説、随筆
この期間に読んだ小説や随筆は、こうして並べてみると懐古趣味なきらいがあるやもしれない。ディケンズだけは初めて読んだが、ほかはいずれも中高生の頃に教材として、あるいは好みで読んだ作品を十年以上経っての再読である。もちろん、当時の私と現在の私では前提と経験が大きく異なるので、得られた情動はまったく違ったものであっただろう。むしろ30代になった現在の方が、これらの作品を当時より深みをもって味わえたように思われる。
主としては中島敦の作品の中では長編に属する『李陵』(これは未読だった)を読もうと思って手に取ったのだが、ついでにそれより前に配置されている『山月記』その他の短編も併せて読んだところ、想像以上に引き込まれた。特に『山月記』は言わずとしれた高校国語の教科書の定番であり、例に漏れず私も授業で触れた幽かな記憶がある。
隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔よしとしなかった。
この有名な書き出しからしても明らかなように漢語が多く非常に格調高い、気分はまるで漢文を読んでいるかのような心持ちにさせる文体で書かれている。しかし実際には日本人による日本語の作品でしかないので、思った以上に内容は引っ掛かりなく頭に入ってくる。高校生時分の私は、何が嬉しくてこのように読みづらい漢文調の文章を(現代文として)読まなければならないのだろうかと思ったような記憶があるが、今となってはこのような所見には重大な見落としがあるように思われる。同年代の他の著者の作品と比較すれば明らかだが、中島敦の作品は発表当時にしても、突出して堅く書かれた文章なのである。そして、それは意図的にそう書かれたと考えるべきだろう。如何せん、この物語の主題は「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」の葛藤である。それがある種「尊大な」文体で書かれているのは偶然ではあるまい。もちろん忙しい現代人にとって親しみやすいよう、平易な文体に直すことは可能であろうが、それは必定この作品の魅力を大いに毀損してしまう。そういう意味では、他言語で書かれた海外の文学作品を、特に現代語訳で読むとき、私が何を失っているのか、その一端に思い至るよい機会でもあった。
内容に関していえば、李徴が官職を辞して在野で自律的な活動(詩業)をすることを選んだ決意や挫折について、どこまで現実的なイメージを持てていたかは定かでない。今でさえ私は完全には在野でないので――一刻も早くそうしたいとは半ば本気で思っているのだが――完全には理解できていないかもしれないが、それでも当時よりは遥かに精緻に想像することができるのは確かである。また詩業が思うようにいかず、無念な末路に至ったように描かれる李徴について、当時の私は――さらには世間の通俗的な見方もそうなのではないかと危惧するが――客観的評価の結果として厳しい現実に晒された彼に憐れみの気持ちを持ったように記憶する。そしてそこから得られる教訓は、臆病な自尊心と尊大な羞恥心に圧倒され、己の鍛錬を怠ったことの報いだと読んだように思う。いまの私にとっての解釈は、彼の結果の原因は、ひとえに李徴の内面的なものに過ぎない。他者からの評価、すなわち詩業として世間的に成功したか否か、というのは副次的な問題に過ぎないだろう。そうではなく、彼自身が自分の作品や人生の意義を肯定することができず、現実の生活が苦しくなるなかで、それと向き合い別の選択肢と折り合いを付けることもできずにいた結果が、獣への変身という象徴的な悲劇をもたらしたのではないか。こういう例は、特にいまとなってみれば現代でも、特に学業成績が優秀であった同年代には広く見られる現象であり、色褪せぬ教訓のように思われた。
さて、眼目であった『李陵』はというと、その主題はまさしく実存の問題である。というより、そういう評判だったので関心を持ったというのが正確だ。思いの外、ごく短編に過ぎない『山月記』との予期せぬ邂逅により感銘を受けてしまった反動で本作品を流し読みにしてしまったせいである可能性もあるが、こちらはそれほど李陵を含む登場人物の内面に踏み込んだ描写が多くないのをやや不満に感じてしまった。本作品は史実ベース(漢書「匈奴伝」など)のものであり、ネタバレというほどのネタバレでもないので筋書きを述べてしまうと、漢軍の将であった李陵が匈奴との戦いで捕虜となり、その後、匈奴の単于から厚遇を受けて前半生とはまったく逆転した後半生を送るというものである。そこに、別の境遇や決断をした蘇武と司馬遷の物語が織り込まれて、三者三葉の生き様を描く。私自身は、常にそう言っているように、各々がそれぞれのその時々の最善を尽くして見出した信念のうちに誠実に生きていれば、その信念がどうであるかという外からの評価はさほど問題には思われない。この観点からは、あまり教訓らしい教訓も見い出せなかったというのが率直な感想である。強いていえば、司馬遷の強かさには感心するものがあるというぐらいか。ともあれ、このような受け取り方しかできなかったのは私自身の状況に依るところもあるだろうし、この作品はまた他日読み直してもよいかもしれない。
Twitter(現X)で「NHK 100分de名著の今月の特集がディケンズ」という話が流れて来て、ふとディケンズの説明をWikipediaで見たところ俄に興味が芽生えて手に取った。ひとつには世界史を勉強している文脈で、18世紀イギリスのリアルな描写に関心があったというのもある。読んでいると、意外にも現代の作品としても自然に読めるもので驚かされた。
小説という媒体の性質上、あまり詳しいことを書くとやはりネタバレになりかねないので、ここではあえて内容そのものではない事柄について述べておこう。本書の私の楽しみ方のひとつは、Claudeに「当時の1シリングでは何が買えたのか?」など聞きながら読み進めることである。AIなのでハルシネーションの可能性もあるが、曰く19世紀頭の1シリング(=12ペンス=1/20ポンド)は職人や事務員のランチ1食分ぐらいにあたるらしい。パンだったら家族で数日分。一方、新刊の小説1冊は10-15シリングしたという。現代日本だとランチぐらいの値段で文庫本1冊買えるので、相対的に知識がずいぶん高価であったことがうかがえる。これはとても興味深い。
また『大いなる遺産』という作品自体はディケンズが深く関わっていた週刊誌に連載されていたようで、毎週の更新部分が1ペニー程度で読めたという。現代の漫画アプリにありがちな「最新話無料」のような位置取りだろうか。そう考えると、こうした作品が当時人々の間で人気であった所以であるとか、私がこの作品を頻繁な出張の旅路のなかで細切れで読んだとしても大いに楽しめるのは、そもそもそういう読み方が想定されていたからなのかとか、そんなことを考えてみるのも一興に思う。
あるとき、特に前触れもなく「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」というフレーズが口をついて出てきた。有名なKの台詞である。これも高校国語の定番素材だが、唐突に思い出すぐらいだから私もかつて読んだはずである。あまり詳しいことを覚えていないのだが。冒頭の鎌倉の海水浴シーンなど特に記憶にないので、もしかすると当時読んだのは「下 先生と遺書」だけなのかもしれない。そうだとしたら、非常にもったいない読み方をしていたことになる。もはや冒涜的ですらあるといえば過言であろうか。
読み進めていて気付いたのは、私が「上 先生と私」の時点から、一貫して(「私」ではなく!)「先生」に強い関心をもち自己投影しているらしいということである。「先生」というのは東大を出て、特に職に就くこともなく、しかし穏やかに生活を続けている人物である。一言でいえば高等遊民なのであろうが、とはいえまったく怠惰で退廃的な生活に没しているというのとも、やや異なるような印象を私は受けた。昨今では、あまりにロールモデルらしきものを失っている私にとっては――もちろん、私の思想から完全なロールモデルなど存在するはずがないし、求めてもいないが、それにしても――新鮮に感じられた。そう考えると、こうした描写が可能であった夏目漱石自身にも関心が湧いてくる。実際、彼はある時点で東大の教師を辞めて、独自の道を歩んでいる。まだ読み終わっていないが、『こころ』発表後に漱石が書いたエッセイ『硝子戸の中』や彼の自伝的小説とされる『道草』を今後の読書リストに加えたのはこのためである。
私は時折「あなたが理想とする研究者は誰なのか」と問われるが、私は「そんな者はいない」と答えるしかない。なんであれ既存の制度や枠組みの中に収まる人物というのは、明らかに研究者の理想像たり得ない5。現代の日本には、本来の意味での研究者で在り続ける余地はほとんどないように思われる。少なくとも、観測可能な範囲ではこのことは確実といえる。明治期の、社会が果てしない模索のさなかにあって成熟しきっていなかった時代の方が、まだしも私が参考にし得る人物がいたのではないか――最近の私の直感は、そう告げている。
土屋賢二氏というのは哲学者だが、その本業とはあまり関係なしにユーモラスでくすっと笑えるエッセイで知られている。土屋氏の本は、彼が著作のなかで度々自虐するようにほとんどが無益でくだらない内容であり、もちろん学業上の課題などにはなり得るはずもなく、したがって当時も趣味と暇つぶしで散漫に読んでいたものである――などというのは大抵の著者にとっては悪口でしかないが、この場合は彼のお作法に則り褒めちぎっていることにして欲しい。
土屋氏の類似のエッセイ集は多数刊行されているが、久々にそのテイストを味わいたくなり、書店に並んでいた比較的最近のものを選んだ。相変わらずであった。古い作品から何ひとつ進歩していない様子がうかがえ、実家のような安心感を存分に味わうことができた。特に本書は、あとがきが秀逸であったと思う。
中学生のときから気付いていたが、土屋氏の文体やエッセイの構成には決まったパターンがあり、一冊分ぐらいは楽しく読めるのだが、調子に乗って複数作品を読もうとすると完全に飽きてしまう。今回もこの一冊で十分お腹いっぱいになったため、また十年ぐらいは手に取る必要がないであろう。
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先に紹介した丘沢静也訳『ツァラトゥストラ』の下巻の同氏による「解説」にも次のような言及がある。
私もまったく同感である。 ↩︎ニーチェの文章は、おいしい。だがニーチェについて書かれた文章は、例外もあるが、たいてい、おいしくない。
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心理学的には、人が「これは自分の考えである」と思っていることが、真にその人の考えであることはむしろ稀なようである。本人も気付かないうちに他者の意見が取り込まれ、あたかも自分の考えであるかのように認識されていることはよくあるという。このことは、たとえばエーリッヒ・フロム『自由からの逃走』の第5章でさんざん強調されている。したがって、この問題――私が独力でニーチェ的発想に至っていたか否か――は原理的に検証することができない。他人の内心を正確に把握することが不可能なことを疑う者はないであろうが、実は己の思考であっても確たることを知るのは困難なのだ。ここにおいても、真なるものはない、一切は許されている……! ↩︎
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とはいえ、ここで「人称」という概念がこれほど整理に役立つというのは、私にとって新鮮な視点であった。これはどうも平尾さんの得意な道具立てのようで、実は次に述べる『人間関係ってどういう関係?』でも(明示的には書かれていないが)同じような考え方が通底している。このことはご本人に教えてもらった。 ↩︎
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なお、そのときは実際には自重して、「です・ます体」では書かなかった。 ↩︎
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科学史上の偉大な研究者が、大学外で研究成果を残した例は枚挙にいとまがない。ダーウィンは大学教授職に就いたことがなく、生涯にわたり大学に属さず私財と自宅を拠点に研究を行ったという。有名なようにメンデルは修道士であった。アインシュタインも、輝かしい業績を次々と発表した1905年はスイス特許庁の職員であった。なお、彼らが偉大であるかどうかは、主に後世の評価によるものである点には注意を要する。 ↩︎











