MacTeXをおすすめできる場合とそうでない場合

2020-07-07 (updated: 2025-11-29) #TeX Live #macOS

はじめに

本稿の主な想定読者は、これからmacOSにTeX Liveを導入しようとしている人です。残念ながら、既にMacTeXを導入してしまっている人が本稿を読んでも特に何かが解決することはありません。

さてmacOSに対してTeX Liveを導入する方法としてはMacTeXというものが有名かつ一般的です。TeX Liveとして公式に、macOSではMacTeXの利用が推奨されています1。しかし、結論から言うとMacTeXは万人に対しておすすめできるものではありません。特に、パワーユーザー(上級者、パソコンに詳しい人)であればあるほど、MacTeXのインストールはおすすめできません。ここでパワーユーザーと言ったのは「TeX/LaTeXに詳しい人」ではなく「パソコン全般に詳しい人」や「macOSを使いこなしている人」です。例えば、次のような人は本稿におけるパワーユーザーに該当します:

  • ターミナル(いわゆる「黒い画面」)を日常的に使う人
  • Linuxを利用している/利用したことがある人
  • パッケージマネージャ(HomebrewやMacPortsなど)を使用している人

上記の条件のいずれかの条件に当てはまるパワーユーザーの方々、および将来パワーユーザーになりたい方は、MacTeXの代わりにTeX Liveの(Unix系システム全般向けの)公式インストーラを使用した方が将来的なトラブルの可能性が低く無難です。

以下、なぜ筆者がパワーユーザーに対してはMacTeXよりもTeX Live公式インストーラを勧めるのか、その理由を説明しますが、やや専門的・技術的な内容です。ある意味では、ここから述べる内容が「よくわからない」「ちんぷんかんぷんである」という方は、むしろ安心してMacTeXを選んでおいて問題ないかと思います。また、ここに述べる内容を理解しMacTeXに“落とし穴”があることを承知の上で、敢えてMacTeXを選ぶというスタンスはあり得ます。筆者には、そうした判断を否定する意図はありません。

Note

本稿はもともと「MacTeXをおすすめできる場合とそうでない場合(私見)」というタイトルでしたが、過剰に防衛的に思えたので2025年11月の改訂時に「(私見)」の部分を削除しました。そもそも、本稿に限らず当ブログの記述のうち客観的事実以外のすべての「意見」は私見です。

そもそもMacTeXとは何か

MacTeXは「全部入り」フルバージョンのTeX Live2をベースとして、さらにmacOS専用にいくつかの工夫が加えられたものです。具体的には、GhostScriptといくつかのmacOS向けGUIアプリケーションがTeX Liveと同梱され、またインストール構成(設定)も一般のLinuxで用いられるものとは少し異なったものになっています。

フルバージョンのTeX Liveの代わりに、必要最小限の構成に限定したTeX Live3について、同様にmacOS向けの追加を行ったBasicTeXというものもあります。以下、本稿ではBasicTeXも区別せず単にMacTeXと呼ぶことにします。

簡単にいうとMacTeXはmacOS専用の「TeX Live +α」です。クリックひとつでmacOSに特化したTeX環境が容易に構築できるので、その点においてはとても便利と言えます。ただし、この「+α」の部分について(特にパワーユーザーにとっての)“落とし穴”があります。さらに、これも後述するようにMacTeXは一度インストールしてしまうと完全にアンインストールすることは困難です。

MacTeXはGhostScriptバイナリ等をシステムのディレクトリにばら撒いてしまう

先述の通りMacTeXはTeX Liveそのものに加えてGhostScriptをインストールします。GhostScriptは単一のコマンドを提供するものではなく、関連する数多くのプログラムをまとめたものですが、MacTeXはそれらのバイナリ等4をmacOSのシステムディレクトリ(/usr/local/bin/usr/local/share)にばら撒きます。これらのバイナリが、何かの拍子に(MacTeXとは無関係の)別のGhostScriptがインストールされようとしたときに衝突を起こし、問題となる場合があります。

具体的な状況を挙げると、Homebrewで特定のプログラムのインストールが上記の衝突によりエラーとなり失敗するというものがあります。パッケージマネージャでGhostScriptを直接インストールしようとすると問題になることは言わずもがなですが、GhostScriptを陽にインストールしようとしなかったとしても、依存関係が解決された結果、GhostScriptのインストールが試行される場合もある点に注意が必要です。

このような問題が発生した場合、(本稿のパワーユーザーの定義に当てはまるような人であれば)エラーメッセージを読み解きながら、時間をかけて場当たり的な対処を行うことは可能です。しかし、後述するようにMacTeXの完全なアンインストールは困難であるがゆえに、一般に根本的な解決を図ることはできません。また、そうした場当たり的な対処を繰り返していると、気付いたときにはその時点でシステムディレクトリにあるGhostScript関連のファイルが、いつ何に由来して入ったものなのかもわからなくなり、収拾困難な状態に陥るということもあり得ます5

MacTeXの完全なアンインストールは難しい

そうした衝突が発生するのはMacTeXがGhostScript関連のファイルをシステムディレクトリにばら撒くことが原因なので、MacTeXをアンインストールすれば解決しそうなものです。しかし、実はこれが困難であるという2つ目の落とし穴があります。MacTeXの完全なアンインストールが難しいということは、MacTeXの公式サイトでも明記されています。

Uninstalling Ghostscript

This step is more difficult. One way to proceed is to open the MacTeX-2020 install package and select “Show Files” from the resulting “File” menu of Apple’s installer. This will give a complete list of files installed, and their install locations.
(引用元:https://tug.org/mactex/uninstalling.html

このような事情があるため、一度MacTeXをインストールしてしまうと、基本的にはそれに起因する問題を根本解決する手段がありません。これがHomebrew等でGhostScriptを導入する場合との大きな違いです。さらには、仮にMacTeXでインストールされたバージョンのGhostScriptに深刻な脆弱性が見つかった場合に、それを直ちにアップデート(またはダウングレード)する手段があるのかも怪しいということになります。

一応、よく調べるとMacTeXによりばら撒かれるGhostScript関連のファイルを一覧にする手法を試した人はいるようです。しかし、どのような方法を採るにせよ、公式な方法は存在しないため、本当に網羅的にアンインストールが実行できているかを保証することはできません。また、そこまで苦労してアンインストールするぐらいなら、最初からインストールしない方がいい、という話になります。

ダメ押しになりますが、開発者心情的にはこういう状況は「実害の多寡」以上に「制御できていなくて気持ち悪い」という感覚からなるべく避けたいものです。ここまでが、筆者がパワーユーザーにMacTeXをおすすめしない主な理由です。

MacTeXでインストールされるTeX Liveは一般的な構成と異なる

最後は「おまけ」程度の些細な問題です。というより、私自身が上の2つの理由からMacTeXを利用していないので、実態がよくわかっていません。ほぼ奥村先生のウェブサイトでの記述の受け売りです。

最新のTeX Live 2016を入れたい場合はMacTeXをインストールするのが簡単だが、一般的なUnixのディレクトリ構成と違うので、慣れた人にはかえってややこしいかもしれない。
(引用元:https://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/macosx/

具体的にどう違うのかというのが、利用者でない私にはわからないところなのですが、少なくとも異なるとわかるのはパスを通すべきバイナリの位置です。MacTeXでは/Library/TeX/texbin/をパスに追加するようですが、これは一般的なTeX Liveのそれとは異なります6

いずれにせよ、macOS向けに書かれていないUnix向けの記事を参考に作業を行う際に、MacTeXの場合はそのままでは通用しない可能性があることは、頭の片隅に入れておく必要があります。

では、代わりにどうすればいいのか、以下にいくつかの選択肢を示します。

代替ソリューション (1) TeX Live公式インストーラ(install-tl)を使う

macOSでもUnix一般向けのTeX Liveの公式インストーラを普通に利用することができます。この公式インストーラの具体的な使用法については、TeX Liveの公式ドキュメント『TeX Liveガイド』の第3節に解説があり、日本語にも翻訳されています。

上記ドキュメントのUnix向けの解説が、macOSにもそのまま適用できます7。この前提を把握している限り、本稿でいうパワーユーザーに該当するような方にとっては、特に難しいところは何もないと思います8。インターネット経由インストールの場合、時間だけはかかるので安定した通信環境のある場所で辛抱強く待ちましょう9

TeX Live公式インストーラの実行が正常に終了すれば、TeX Liveそのもののインストールはその時点で完了します。なお公式インストーラはバイナリを自動でパスに追加することはしないので、同『TeX Liveガイド』の3.4節に説明がある通りパスを自力で設定するかtlmgr path addを利用して/usr/local/bin以下にシンボリックリンクを貼るかのいずれかを行う必要がある点には注意してください。またTeX Live本体に含まれていないプログラムで、使いたいものがある場合は各々独自にインストールする必要があります。代表的なものについてコメントしておきます:

  • GhostScript: PostScript/PDF関連ユーティリティ。必須ではありませんが、TeX Liveに含まれるツールの一部が要求するほか、ユーザー自身が直接使いたい場合(dvioutコマンドなど)もあるので、入れておくとよいでしょう。HomebrewやMacPortsなどのパッケージマネージャを利用している場合は、普段通りそれらを利用すると簡単です。もちろん公式サイトから自力で入手することもできます。
  • TeXShop: macOS向けTeX用統合開発環境。公式サイトからダウンロードできます。

代替ソリューション (2) Homebrew Caskを使う

2018年以降はHomebrew Caskを利用してMacTeXをインストールする場合にはMacTeX同梱のGhostScriptが除外され、別途Homebrewを利用して安全にGhostScriptが導入されるようになっているようです。

brew install --cask mactex

この場合、以下のものがHomebrew Caskの管理の下でインストールされます。

  • MacTeX由来のTeX Live
  • MacTeX由来のGUI(TeXShop, BibDesk, LaTeXiT, TeX Live Utility)
  • Homebrew由来のGhostscript(依存パッケージとして)

パッケージマネージャとしてHomebrewを普段から使っているという方にとっては、現在はこの方法を用いるのが最も手軽かもしれません。Homebrew Caskを利用してMacTeXを導入した場合に限っては、以下のコマンドで完全なアンインストールも実現できるようです:

$ brew uninstall --zap mactex

なおMacTeX由来のGUIアプリケーションが必要ない場合はmactex-no-guiフォーミュラを利用する手もあります。

$ brew install --cask mactex-no-gui

結論

MacTeXはほぼワンクリックでmacOSにお膳立てされたTeX環境を構築してくれる便利なものです。しかし、特にTeX以外のツールも自力でビルドなりインストールなりをするようなパワーユーザーにとっては、将来的にシステムディレクトリでバイナリ等が衝突するリスクがあります。さらに厄介なことに、MacTeXは一度インストールしてしまうと、原則として元の状態に戻すことも難しくなってしまうという困った問題があります。

MacTeXを使用しなくても、公式インストーラを使用することでTeX Liveの導入は簡単に行うことができます。パワーユーザーという前提の下では、TeX Live本体のインストールは、公式インストーラを用いても実質的に「ワンクリック」と大差ありません。その後、パスを通したり、必要に応じて追加でGhostScriptやGUIをインストールする必要はありますが、やはりパワーユーザーと呼べる方々にとっては支障のない程度のものだと思われます。むしろMacTeXのインストールを行って、万一GhostScriptの衝突が実際に起きてしまうと、その対処にはよほど多くの時間を取られることになる可能性があります。

また最近では、Homebrew Caskを利用することで環境を汚さずにMacTeXを導入することができるようになったため、Homebrewユーザーにとってはこちらも有力な選択肢になるでしょう。

パワーユーザーであっても、衝突発生のリスクがあること、アンインストールが困難なことを認識した上で、それでもMacTeXで構わないと思った方がMacTeXを利用することを筆者は否定しません。とにもかくにもMacTeXが絶対悪だと主張したいわけではありません。本稿を公開することで、今後「よくわからないうちにMacTeXをインストールしてしまい、後から取り返しがつかないということを知って後悔する」というようなユーザーが、一人でも減ってくれればと願っています。


主な変更履歴

  • 2021-05-04: Homebrew Caskに関する情報を追加
  • 2025-11-26: 記事タイトルの変更。全体的な内容・スタイルの更新

  1. 日本語版『TeX Liveガイド2020』(PDF)3.1.2節「TeX Liveインストーラを利用するよりも、MacTeXを利用したインストールをおすすめします」。原文(PDF)では“We recommend using the native MacTeX installer instead of the TeX Live installer on Mac OS X”。 ↩︎

  2. これをTeX Liveの用語では「fullスキーム」と言います。 ↩︎

  3. これはTeX Liveの「smallスキーム」に対応します。 ↩︎

  4. 厳密にはバイナリだけでなく、manページなども各々あちこちにばら撒かれます。 ↩︎

  5. 他人事みたいに書きましたが、これは筆者の旧MBAで実際に起きてしまったことです。つまり経験談です…… ↩︎

  6. さらに専門的な話になりますが、調べた限りTEXMFDIST/TEXMFLOCAL/TEXMFHOMEの規定値は、MacTeX利用でも公式インストーラ利用の場合と違いがなさそうです。 ↩︎

  7. そもそもmacOSは歴としたUnixシステムです。 ↩︎

  8. いずれmacOSユーザー向けのTeX Live公式インストーラを用いた導入ガイドを、日本語特有の設定についても言及しながら記事にまとめたいとは思っていますが、本稿の範囲を超えるのでそれはまたの機会にします。 ↩︎

  9. なおダウンロードに時間がかかるという点はMacTeXを利用する場合も同じだと思います。その点についてTeX Live公式インストーラがMacTeXに対して劣後することはないでしょう。 ↩︎